2006年05月17日（水） 梅雨ですか
▼ カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』
読了。まあ、普通に文芸モノばかり読んでいる人が読むとけっこうな衝撃のある設定、なのかもしれない。SF者はカバーのあらすじ読んだだけでだいたい設定はわかっちまうわけなんですが。
で、誤解を恐れず言えば、ものすごく平凡な小説だと思う。平凡な語り手が、ごく個人的で平凡なできごとを淡々と語るだけの。その平凡さと設定の過酷さが相まって何か物凄い味わいを醸し出しているのだ、と言われれば、まあそういう読み方もあるのかな、と思うのだけど。
書き手の力が見事なものであることは疑いようもない。それはこまごました思い出の持つ手触りの圧倒的リアリティに表れている。ただ、ぼくはどうやら個人的にこの小説を絶賛する気になれないらしい。この小説はあまりにしっくり来すぎてしまった。
平凡な小説である上に、それが完璧にしっくり来てしまったということは、そこには自分の視点をどこかに飛翔させてくれるような体験が皆無であったことを意味する。そういうことだ。人はこの話の設定を「切ない」と称するかもしれない。あんな運命を課せられて、あんなに穏やかに生きていけるものなのか？ などと考えるかもしれない。が、本当にそうなんだろうか？
たとえば、トミーも、ルースも、キャシーも、それぞれ十分に幸せであったように思える。今の日本には、使命がある彼らを羨ましがるような人間ならいくらでもいるだろう。この小説の特別さはそうした感覚の中でまるきり失われてしまう。
設定に驚ける読者であれば、そうではなかったのだろう、という気もする。が、少なくともぼくにはかの登場人物たちの生き様が、はじめからあまり特殊なものには見えなかった。生きるというのは多かれ少なかれ、あんなもんだということは、もう納得しているのだ。
とまあ、文句のようなことばかり言ったが、たまには味わいたい類の読書体験ではあったんで。こんなどうでもいい、宝物のような記憶を一から作り上げてしまった作者に乾杯。ぼくも夜な夜なあんな記憶やこんな記憶を捏造して、せいぜい楽しい人生だったと思いこめるような生活を送りたいなと思った。
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『Alice 〜』読了。先日、交通事故で右脳に損傷を受け、[不安]を失くした高次脳機能障害の人の特集を<br>TVで見たばかりだったのでタイムリーでした。(その人のケースは脳の一次キャッシュが長持ちしない→<br>未来の予測ができない→[不安]の喪失というもの。)作中なら比室老人かな。<br>それと贔屓の海外ドラマ、『名探偵モンク』の主人公も同じくサヴァン症なので、そこも個人的に高ポイント。<br>そんな理由もあって、『獣の夢』よりも好きかしら。<br>的外れを承知で、大胆なことを言ってみるなら、作者は『AKIRA』をやろうとしたんじゃなかろうか？<br>過去に謎の現象→再現→終息→萌芽という全体のプロットも同じだし、その中心に一人の少女or少年の存在が<br>ある点も同じだ。そう考えると「Alice」という名も少年「AKIRA」にあやかってワザとやってる感じがする。<br>最後にラストシーンの少女の台詞「百二十六は〜」(大好きな所なんだが)をカネダの台詞と取っ替えてみよう。<br>「Aliceはまだわたし達の中に生きてるヨ！」<br>…どうだろう？ <br>それはそうと総一郎氏のツンデレぶりはちょっと良かったデスｗ。
ありゃ、その特集、見てみたかったです……。<br>AKIRA と言われるとありそうな気もしますね。物語というより、まず映像が先行して話をつくってるような気もする作者ですし。でも Alice 自体いろいろと意味を付与されてしまっている名前だし、タイトルまで狙ってるかは微妙かなあ。<br>白状してしまうと、『AKIRA』は肉が膨れ上がるシーンの衝撃以外ほとんど忘れてしまっております。記憶力はないほうです。はい、ひどいもんですね。『Alice』の総一郎氏のツンデレぶりというのもおぼえていない……。読み返してみようかなと思います。
番組は<br>ttp://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2006/06-113.html <br>正確には、“不安”ではなく“悩まない”だった。こちらもひどい記憶力で申し訳ない。<br>僕の『AKIRA』の記憶は漫画版です。アキラの�發�28だったり、主人公？がカネダだったりするのは<br>作者の『鉄人28号』へのオマージュなんだと、以前どこかで聞きました。<br>あと、自分の比較はただの思い付きなんで、アホなやつだと聞き流して下さいｗ
どうもありがとうございます。民放の「ヒューマン・ドキュメント」系はちょっとばかし苦手なのだけど、見てみればよかったなあ。<br>人工視覚の話ってあのNHKのサイボーグ技術の番組に出てたのと同じ開発者によるものなのかしら。あれも開発者死亡して機械はどんどん壊れていくのに直すこともできない、みたいな話でしたけど。
僕も仕事から帰ったら家の者が見てたという状況なので、間に合ったのは件の女性の話だけなのですが、<br>人工視覚の話、調べてみたら同じカナダの男性の話でした。<br>やはりまだまだ未開拓で、多くの前例がある技術ではない様です。
わざわざ調べていただいてすみません……。彼の現状はあまりといえばあまりで、誰か引き継いでやれなかったのかと切に思いますね。