善人も悪人もないだろう、君と私の快・不快が一致しているというだけのことだ。
というような素晴しい話は置いておくとして、善人であるとはどのようなことなのか。
本人の行動原理は実に清廉でまた親切なものであるが、心の中では、自分以外の人間はほとんど薄汚い野郎なのだ、と思っている男がいるとしよう。彼は善人か否か?
行動原理にいくらか薄汚いところがあっても、自分以外の人間はみな清廉で親切な存在だ、と思っている男とどちらが善人なのか?
違うな。どちらが善人なのか、などと実のない問を問うべきではなかった。どちらがあなたにとって好もしいのか、と。あるいは、どちらと喋るのが幸せか、と。
あー、ぼくは「善人である」と言われることがたまにあるが、それは大抵の場合大変な苦痛だ。だから善人なんて嫌いです。
けっきょく、快・不快が一致してるかどうか、の問題だ。本当にそうなんだなあ。
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