トップ «前の日記(2005年07月26日(火)) 最新 次の日記(2005年07月28日(木))» 編集

もりげのどうかと思うような日記

過去の日記
feed:RSS/atom

2005年07月27日(水) NHK

藤崎慎吾『ハイドゥナン』上・下

こういうのがずっと読みたかった! それとJコレクション再開万歳! 帯には「『日本沈没』を凌ぐ傑作」「日本SF史上最高の科学小説」と壮大な惹句が書いてあるけど、読んだ雰囲気は科学小説というより伝奇ハードSFとでも言ったらいいのか、そのベクトルがツボでありました。沖縄の信仰を軸にした濃密な神話的世界観を、民俗学はもちろん微生物学から認知科学、地質学、あるいは音響工学といった最新の科学的知見でもって理論的に成立させる、という。たとえそんなツボないよ、という人でも、読む価値は確実にある大作。この世界にはまだまだ、我々の気づかないような豊穣が埋まっているのではないか。そんな風に思わせてくれる。SFならではの大きな感動と言えましょう。

主人公である大学生、伊波岳志(いはたけし)は共感覚(たとえば音を聴くことで色が見える、など、五感が混ざり合ってしまう現象)の持ち主。彼は伊豆の海に潜るのが趣味だったが、なぜか海の中で「たすけて」と呼ぶ若い女の声の幻に悩まされるようになる。

一方、与那国島のムヌチ(巫女のような存在)の卵である後間柚(こしまゆう)は、ダイビング中の若者に救いを求める夢を頻繁に見るようになっていた。八重山列島に迫る未曾有の地質学的危機の中、やがてふたりは運命に導かれるように与那国で出会い、惹かれあうが……。

と、メインプロットはこのふたりの若者の悲恋の物語である。この作品を支えるのは科学より何より、美しいイメージだと思う。たとえば、夢でだけ知っているお互いが、はじめて本当に出会うシーン。海岸で柚が三線を爪弾き、民謡を口ずさむ。その音に呼び覚まされる岳志の共感覚は、実に幻想的な光景を彼に見せる。そんな中でふたりは、その特別な出会いの瞬間を迎えるのだ。このイメージがまずあったのではないか。

そして、もうひとつ、この作品を支える美しいイメージがある。それこそが科学的なバックボーンにもなる大仕掛け、「圏間基層情報雲(Inter-Sphere Embedded Information Cloud = ISEIC)理論」だ。「森には知性がある」と唱えて干された植物生態学者、「共感覚と天変地異の関係」などというトンデモ研究をこっそり進めている認知科学者、世界初のポータブル量子コンピュータを作り上げた量子工学者などが集まる「HMS(隠れマッドサイエンティスツ)」というふざけた会合の中で練り上げられた理論、であるらしい。これ、実は『蛍女』のネタの拡張版で、前述の植物生態学者は蛍女に出てくる例のお方なので、続編という読み方も可能。

作品として、物語ることよりも、まだ誰も知らないこの世の深部を描く、といった方向に力が入れられているので、ストーリーやキャラクター描写を期待する向きには少々ものたりない部分もあるかもしれないが、南西諸島の沈没(!)という破局に立ち向かう、与那国のムヌチとマッドな科学者達、という構図はエンターテインメントとしても迫力十分だ。ちなみに「ハイドゥナン」とは与那国の方言で、伝説の地「南与那国島」を指す。悲恋のふたりが、いつか必ず行こう、と誓う場所でもあるハイドゥナンだが、これは実際は……読んでのお楽しみ。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]
_ sako (2005年07月28日(木) 03:02)

本の内容は存じ上げないのですが、表紙に使われている絵は、田中一村のものですね。<br>人生を芸術に捧げた彼の生き様と絵が私は大好きです。

_ もりげ (2005年07月29日(金) 00:14)

あとがきで、著者が「執筆中に多大なインスピレーションを得た」「自分が2000枚書いて描ききれなかった「南島」の宇宙が余すところなく表現されている」「その絵を使わせていただけたのは名誉なこと」などと述べておられます。私は残念ながら実物を見たことがないんですよねえ。

本日のTrackBacks(全2件) []
_ PukiWiki/TrackBack 0.1:藤崎慎吾 (2005年10月09日(日) 17:04)

藤崎慎吾 &dagger; 【ふじさき しんご】 東京生まれ 1962- 藤崎慎吾 『ハイドゥナン』(上下) 藤崎慎吾のクリスタルな世界 i-藤崎慎吾 &uarr;『ハイドゥナン』(上下) &dagger; (早川書房)2005年7月 堀晃 こばげん KONABE 1

_ りょーちの駄文と書評:藤崎慎吾:「ハイドゥナン」 (2006年01月09日(月) 13:25)

ハイドゥナン (上)posted with amazlet on 06.01.09藤崎 慎吾 早川書房 (2005/07/21)売り上げランキング: 8,955おすすめ度の平均: 神様は容赦しないのだ 近未来伝奇地球物理科学小説!? 空想と科学の境界Amazon.co.jp で詳細を見る ハイドゥナン (下)posted with amazlet..


  1. もりげ (04-13)
  2. トリガラ (04-13)
  3. V林田 (04-12)


mail:gerimo@hotmail.com