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もりげレビュー


  04年2月後半雑記 Date: 2004-02-16 (Mon) 

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雑記

2月16日
 思えば長かったです。『CLANNAD』発売日決定。4月28日、全年齢対象、DVD版のみ。

 今回はエクスクラメーションマークやら「キター」やらを使わずに記そうと努めます。いや、努めるまでもなく、どちらかというと感慨無量といった心持ちではあるのですが。

 全年齢バンザイ。18禁にしろという声に流されてしまうのではないかと心配していただけにほっとした。Keyが目指してる物語は非常にジュヴナイル的なものであるはずで、それらが高校生なんかには手が出せない形の商品になるというのは、そもそも不自然だと思う。
 いろいろと苦渋の決断だったろうと思うのですよ。馬場社長はよくぞエロなしでゴーサイン出した。英断。

 18禁じゃないなら買わない、とかいう人々もいるのだろうけど、普通に考えりゃそんなこと言ってる時点で人生の負け組だろ。あ、ギャルゲーを嬉々として買ってる時点で負け組でしたか……スミマセン。

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 私のゴールデンウィークの予定はこれで決まりました。デートとかに誘っても無駄だよ、そこで一昨日告白しそびれて歯がみしてるかわいこちゃん。……延期はしないでほしいと祈りつつ。

2月17日
 先日ロード・オブ・ザ・リングの第一部をテレビでやってたのを見てから、少々ハイ・ファンタジーへの懐かしさがこみ上げております。はやいところ第二部も見て、劇場へ急がないといかんとは思ってるのだけど。

 で、ファンタジーへの思いに任せて、今まで何となく手を出しかねていたネットハックWINDOWS版をついにやり始めてみたのですが……(こちらでダウンできます)。
 伝説的RPGローグを模倣した、いわゆる「ローグライク」の一番手がこのゲーム(ローグと言われてピンと来ない方も居られるのでしょうけど、「風来のシレン」なんかもローグライクの一種ですね)。しかし、このヒントページをちょっと見ただけでわかる通り、信じがたいほどの奥深さで、気軽に手を出すような代物じゃないような気がし始めています。慣れない内は本当に簡単に死ぬし(祈りを捧げると空腹がおさまることすらはじめはわからなくて、餓死の連続だった)。オートセーブなんで、死んだらもうそれでおしまい。新しく始めるしかありません。

 ま、死にそうになったら強制終了は古き良き時代のRPGのお約束だけど!

 暇があって、最近のRPGは食い足りないと思ってるような方は是非どうぞ。操作とか覚えるまでが大変ですが。ハマリすぎにはご注意を。

2月18日
 秋葉原に行って、焼け跡とか見てきた。もちろんそのために行ったわけじゃないし、遠目に見ただけなのですけど。今日は中央通り沿いはほとんど歩かなかったしね。ちなみに完全に囲いがされていて、生々しさはゼロだった。現場の向かいを、等身大NOVAうさぎが闊歩していた。

 知人女性に会って話をしたのだけど、その人は中学時代とかヴァレンタインにはいっぱいチョコをもらうような立場で、「お姉さま!」てな感じで犬チックな女の子がまとわりついてくることが多々あったのだそうです。うああ、そういうの小説の中だけじゃないんだなあ。


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 私信。えー、言い忘れてましたけどV林田さん、お誕生日おめでとうございます! せっかくなのでこんなものでもプレゼントさせてください。

2月19日
 シューベルトの演奏会――個人的にいろいろな感慨のある演奏会――に行ってきました。贔屓目とかあるのかもしれないけれど、音楽はやっぱりメカニックな技術(指が回る、とか)じゃないと実感できるようなコンサートだった。不思議と、演奏で人柄って伝わっちゃったりするのですよ。千のことばより大切なもの。

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 言いたいことあったんだろ、言えよ。言えよ。なにへらへら笑ってるんだよ。――ああ、でもね、「空気読め」ってのは、たぶんいつでも正しい忠告なのだ。

2月20日
 梅の花に、真っ白な陽の光が降る。ひだまりには匂いがある。たぶん干した布団の匂い。ってそのまんますぎるよ!
 なんか妙に最近あったかくて、良い。良いけどね。

 世の中直球ラノベのようにすっきり気持ちよくないし、俺は直球ラノベの主人公のようにすっきり気持ちよくないし、困る。

 俺と一緒に、すっきり気持ちよいラノベ世界に住んでみないか!? ラノベ世界移住計画発動!


 人生に春は来ない。春は、頭の中に来る。

2月22日
 昨日は本番→打ち上げのコンボでした。歴史ある団体で、多くの仲間と、ひとつのものを作り上げて、その過程がまた歴史になっていく、という実感を得られるというのは、文化祭やらの学校行事みたいな楽しさがあるんだろうな。もちろんそればかりじゃなくて、複雑なことも嫌なこともついてくるのに決まっているけど。あ、そんなことを言ったら学校行事にだってそんなことはあるのだ。

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 小川一水『ハイウイング・ストロール』読了。霧のような半気体「重素」の海にぽつぽつと浮かぶ島に暮らす人類。重素の海の上には、「浮獣」と呼ばれる多種多様の生物が暮らす空域であるいくつかの「潟」や「礁」があって、人々はそこで浮獣を狩ることによって、食料から衣料、建材までを調達して暮らしている。町でチンピラをやっていた15歳の少年リオは浮獣狩りの人間である「翔窩」の女性に連れられて、狩りのための戦闘機に乗り込むことになるのだが……。

 世界観がものすごく魅力的。「ケルプ」と呼ばれる濃緑色の細長い帯状の植物が、はるか下方の海面から頭上遠くまで伸びてはためきながら森を作っている「礁」の風景とか。浮獣ベースで構築された技術体系とか。なんというか、ラリイ・ニーヴンの『スモークリング』を初めて読んだときみたいなわくわく感がありました。

 魅力的な部分があまりに多いだけに、クライマックスの物足りなさが非常に残念。いろいろと回収しそこねている感じがするし。これ、もっと長い話になるべきだったのではないだろうか。この作者の小説にはたびたび感じることなのだけど。

 なにしろ一番いけないのは、今回、小川氏の持ち味の前向きなメッセージを伝えようという信念が、物語そのものの力を追い越してしまった。こうなると、なんだかあざとい印象までしてきてしまって、感動が呼び覚まされないのだ。ううむ。勿体ないような。前半は本当に傑作になる予感に満ちていたのになあ。

 それでも、少年の成長物語として凡百の作品とは一線を画しているし、読んで損はないかと。

2月23日
 人の気力と実力、周りの人々との関係が整うと、運までもが好転し、すべてが快調に、愉快になって、輝くような日々が始まることがある。
(小川一水『ハイウイング・ストロール』より)

「人間は複雑なものだということを云々」とまあ、文学てのはそういうふうにあるものらしいのです。

 思うにそれって、誰でも生きてりゃ身にしみて分かることではないですか。まあ、だからこそ共感を呼びもするのでしょうけどね。誰でもわかってることを執拗に書いて、みんなはそれを読んで「そうだよね、こんなに生きるのは難しい!」という共感とともに慰めを得る。

 だからたとえば、どんなに辛いことがあったってくじけないで笑っていつだって全力疾走、なんてキャラクターは文学には出番がない。人間はそんな単純なわけないです、と彼らは言う。

 違うと思うのですよ。複雑で自己嫌悪で憎しみで絶望でどうにもならないような中でも、何か世界の最良の部分をどうやって目指そうか、っていうところが大切なんじゃないですか。複雑、の部分は匂わせる程度でいい、そうじゃなくて、輝くような日々ってのもあり得るのだ、ということを書いてくれさえすれば。

 人間が複雑で難しくて生きるのは大変くるしいのです、なんてことをわざわざ書きたがる人は、輝くような日々より、鬱々とした日々の価値が上だとでも言いたげに見える。んなわけあるか。全部幻だとしても、輝くような日々は極上なのだ。

・・・
 無為に時間が過ぎて、夢なんてもう随分と後ろの方でクルマに轢かれてずたぼろになって、その残骸も視界から消えようとしているような気がする。だから、まあ、もっと気力をみなぎらせて頑張らないと。要するに、そういうこと。

2月24日
 わはは、小川一水ダントツ!

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 横浜美術館の「東山魁夷展」に行ってきた。最終日とあって朝だというのに行列ができており、彼の人気のほどをうかがわせる。

 何しろ彼の絵はでかいのばっかりなんで、かなりのエネルギーを消耗した。唐招提寺の障壁画は、あれはただごとではない。

 放言させてもらうと、思うに、東山魁夷の絵というのは小説に例えるとラノベ的。と言って悪ければジュヴナイル的とでも言うか。自分の中の暗い部分はひとまず押し込めて、ただ美しさ・無垢・命の輝きへの憧れだけをファンタジーとして表現する。あまりに美しい、汚いところがない、わかりやすい。だからこそ、人々にこれだけ愛されているのだろう。

 ただ、彼が志向するのは冷厳な冬の姿で、題材も秋から冬にかけてのものが多い。夏のくっきりした日差しを描いた作品なんてほとんどない。それがどこか諦念、予め失われた物、そういったことがらを連想させて、魅力を深めてもいるのだろう。

2月25日
 後悔するぜ?

・・・
 SFマガジン、まだ読み残しが大量にあるのですが、とりあえず小川一水「幸せになる箱庭 A happy idiot's universe」、いろいろとおもしろい一編。そうかー、なんかやたらと『宇宙のランデヴー』ぽいなあ、と思っていたらそういうことかー。テーマ的にはもっともっと突き詰めることができるとは思うんですけど、ね。たとえばグレッグ・イーガンならどう料理するか。
 そのイーガンはまさにイーガンとしか言いようがない短編。出世作のひとつだというのだけど、古びないですねえ、ほんとに。インプラントで脳配線をいじって「行動原理」というか「世界観」を変えられる世界の話で、やっぱりいろいろと自らの精神について考えさせられます。俺の行動原理もインプラントでなんとかしてくれ、と今の俺なら思うかも。

2月26日
 ほころんだ庭先のクロッカスの花のように、ぼくの脳味噌もぱっくりと咲きほこっている。中にあるのはおしべとめしべくらいだから、結構すっきりしてて気持ちがいい。

 クロッカスのその先で沈丁花さんが香り物質を振りまくと、風がびょうびょうと吹いて全部さらっていく。香り物質、勿体ない。

 ぼくも負けじと腸内ガスの香りを振りまいてみたところ、部屋の中は空気がよどんでいるのでばっちり、香り物質の効果は満点だ。ぼくのすることに無駄はない。沈丁花さんも見習って欲しい。

 オーケー、ごめんね、ぼくはかなりいろいろとものすごい具合に頭が悪い。相手をするのはつかれたろう。ごめんなさい。

 ちがうよ、これはSFではないよ。断じてポエムでもないよ。何しろ――


 脳内彼女が俺に対する情けなさでで泣きそうになっているのに気がついたので、もう今日はやめにしよう。ごめんよ、努力の仕方を勉強しなおさないと、ね……。

2月27日
 呼び鈴を押してから、早い人なら立ち食い蕎麦を食い終わるくらい時間が経って、ようやく扉が開かれた。
「こんにちは……って!」
「ごめん、ね。ちょっと寝ぼけてて。待たせちゃった?」
 相手は寝間着にガウンはおっただけだった。不意をつかれて俺は口をぱくぱくさせる。
「どうぞあがって」
「お、お邪魔します」
「用意が悪くてごめんね。いまちょうど両親は海外行っててひとりだし、ね」
 俺は口をぱくぱくさせる。えええと、つまりつまりそれって家にふたりっきり!?
「じゃあさき着替えて来ちゃうから、待っててー。あ、夜ご飯カレー作ってあるから一緒に食べてってよ」
 まったくナチュラルにそれだけ言ってにっこり笑い、Eは姿を消した。あとに残された俺はしばらく口をぱくぱくさせてから「あ、うん」と呟いたけど、Eの部屋のドアの閉まる音にかき消されて自分にすら聞こえないくらいだった。
 両親が留守なのだから、そのカレーってのはあいつの手料理なんだよな……。

 ――Eとふたりで午後中、連弾なんかをして過ごした。とても楽しかった。シューベルトの幻想曲、ロンド、フォーレのドリー、ドヴォルザークのボヘミアの森から、ラフマニノフにブラームス。それにバッハの2台チェンバロ。バッハは初見じゃ難しくて、ぼろぼろになりながら弾き終わってふたりで笑った。

 カレーは、驚いたことに、市販のルーを使ったものではなかった。ビルマふうの、鶏肉をたっぷりのショウガとニンニクとトマトで煮込んだキーマカレー。おいしくておかわりをした。

 食べ終わってから、知り合いが出ているタンゴライブに行こうよ、と言われて繰り出した。
「へへ、予定外のデートになっちゃったね」
 電車を待ちながらEはそんなことを言った。
 デート。デートか。そうだよな、これって、デートなんだよな……。
 酒場できく極上のタンゴはどこまでも郷愁を誘い、冷製のチーズフォンデュを食べながら赤ワインを飲めば、気分はアルゼンチン人だ。アルゼンチン人ってよく知らないけどさ。


 ――そんなこんな、野郎二人で過ごした一日。

2月28日
 年間100冊も、ラノベ50冊も、達成できてません。特にラノベの方は間違いなくぜんぜんさっぱり相手にならないくらいちょこっとしか読んでない。
 ああ、ラノベの冊数増やせば年間100冊なんてのは軽い軽い、なんだろうけど……うう。まあいいか、どうせ本系サイト管理人なんて立場じゃぜんぜんないし。

・・・
 しかし、そんなに摂取作品量が少なくて、書評なんてぽつぽつしてるだけのくせして(しかもまとめリンクもない)、じゃあここの「レビュー」ってついてるのはなんなのか。

 それはあなた日々の生活のレビューですよ。Re=もう一度、View=見る。言い訳だけど、今更名前変える気も起きないし。

・・・
 悩んでる、と打ち明けられて、それがもうぼくには遙か手の届かない立派な悩みだった。さすがに、唇を噛んでみたり諦めきった笑みを浮かべてみたりしてしまった。

 そうだよな、あの人に実力があるのは初めから知っていた。それに加えてぼくがだらだらさぼってる間にずっと頑張って頑張って、結果として今、ぼくには持つことすら許されないような、そんな悩みを持てる位置に確かにいるのだ。さてさて、いい加減年齢的にきつくなってくる今日この頃、こんな相談もらって発奮もできないようでは死に体だ。さてさて。

2月29日
 そこはやたらと空が広くて、ぼくのお気に入りの場所なのです。まだ作付けされていない畑の柔らかな茶色に囲まれて、桃の花が満開です。用水路の水音も、春の小川のさらさらなせせらぎに似て、空にはセスナもぶうんと飛びます。向こうの林の裸の枝も、どこかまろみを帯びてきたように見えるのは、気のせいだけでもないでしょう。

 閏年の、余った時間ぶんくらいは、立ち止まっていることを許してください。

・・・
 って、明日も飲み会とかあるんだよなあ。緩む空気とは逆に自分を引き締めていかないと。

 ちなみに、私がほとんどここで話すような話題を持っておらず、いつもNHKの暇ネタみたいなことばかり書いてるのは、一応本業に時間割いてるせいなんですよ?

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