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もりげレビュー


  書評:内臓が生み出す心 Date: 2002-10-23 (Wed) 
『内臓が生みだす心』西原克成・著/NHKブックス

 脊椎動物の進化から、心と精神の座、あるいはその起源を探ろう、という意欲的な著書。そんな感じの売り文句がついている。カバーの折り返しにはこうある。
[脳中心の人間観を見直す]
 なるほど。確かに、身体感覚の重要性というものが見直されている昨今だから、そのようなアプローチは必要であるように思える。
 著者は、東京医科歯科大卒・東京大学大学院博士課程修了の医学博士。人工歯根、人工骨髄の開発の第一人者で、第32回日本人工臓器学会オリジナル賞第一位獲得。特に、人工骨髄については本当に優れた仕事をなさっているようだ。そんなわけで、心の探究というテーマに斬新なアプローチで迫り、新たな側面を開拓してくれるのではないか、と期待も膨らむ。
 だが、ちょっと待ってほしい。カバーの折り返し、もう少しよく読んでみよう。
心肺同時移植を受けた患者は、
すっかりドナーの性格に入れ替わってしまうという。
これは、心が内臓に宿ることを示唆している。
「腹が立つ」「心臓が縮む」等の感情表現も同様である。
高等生命体は腸にはじまり、腸管がエサや生殖の場を求めて
体を動かすところに心の源がある。その腸と腸から分化した
心臓や生殖器官、顔に心が宿り表れる、と著者は考える。
 ちょっと、心肺だ。もとい、心配だ。しかし、ここに衝撃度の高いキャッチコピーを置いておくのは常套手段。詳しい研究内容を読めば、納得できる説明が見られるに違いない。
 というわけで、気を取り直して本を開く。ところが、「はじめに」がはじまってすぐ、読者は嫌な感じの軋みを聞き取る。
 心や思いというのが「存在する」ことを示すことが出来るのは、動物界の脊椎動物の中でも最も由緒ある名門の哺乳動物のうち霊長目ヒト科の人類だけです。
 ですます調のサイエンスものというのは、それだけでどこか異質な印象を受けるのは私だけではないだろう。それが、我々人類を「最も由緒ある名門」の最高峰であると誇り高く宣言するのを見ると、どうにもいたたまれない感じを受ける。
 この後、筆者は自らの経歴等を紹介し、また彼のいくつかの研究の内容を説明。
 三億年前の脊椎動物に起こった上陸劇の再現実験では、サメを実際に陸上げし、陸棲の脊椎動物への体制の変化を検証しました。すなわち、水中で鰓呼吸をし、血圧が極めて低いサメを陸上げすることにより、のたうちまわって血圧が上昇すると、鰓で空気呼吸ができるようになるのです。
 この「のたうちまわる」が、かなりユーモラスだ。ユーモラスに激しく軋んでいる。普通でないという印象はここにきて確信へと変わる。それは、そのまま(当初とは異なる)期待感へと移ろって――

 その期待を、本書は裏切らなかった。
 はっきり言って、ここまで楽しく笑えるトンデモ本は、滅多にないと思う。もう突っ込みどころ満載である。おもしろすぎる。電車の中で読んでいて、吹き出してしまって周りに白い目で見られたほどだ。どうにかしてくれ。
 そもそも何の本なのか、読んでいると混乱してくるのだ。筆者の主張は、「エネルギー保存の法則に則って心を解明しなければならない」「クレア・シルビアの『記憶する心臓』は、重大な書物だ」「私は、サメの脳みそを移植したラットを数ヶ月間飼育した」「冷たい物は身体に良くない」「武士道は、立派だ」「私は、すごい研究者だ」等々、多岐にわたる。そのそれぞれが、まったく独立して存在し、統一感のへったくれもない。結局、本書の主眼は何だったのかすらわからなくなる。
 たとえば、筆者が「臨床系統発生学」という学問を作るもとになった症例の紹介というのが出てくる。その学問も正体不明であるが、それ以前に、この症例紹介というのがどういう脈絡でここに挟まっているのか考えれば考えるほどわからない。その内容たるやすさまじいもので、要約すれば「白血病やらアトピーやらアルコール中毒やらてんかんやら肺炎やら重症筋無力症やら、とにかくいろんなものが、口呼吸をやめ、冷たい物中毒を改め、睡眠を充分にとるようにしたら治った」というのである。たしかに口呼吸は身体に良くないだろうし、睡眠は大切だと思う。しかし、それと内臓に心が宿る話と、何か関係があるのだろうか?
 また、最終章の最後の節は、武士道の話に当てられている。ふつうに考えれば、最終章の最後というのはまとめであり、最も言いたかった内容が込められているものだろうと思う。それが、武士道。いいのか、それで。
 ともかく、本書を貫くめまいのするような感覚は、凄いとしか言いようがない。だが、そういった、この本全体に関わる壮大かつ圧倒的なおもしろさの全貌は、短い評で表すことなど残念ながらできない。これはもう実物を手に取っていただくしかない。掛け値なしにおもしろいから、損は決してしないだろう。
 しかし、部分ぶぶんを読んだだけでも、この本は充分なパワーを備えている。
 宇宙を構成する要素は、1. 時間 2. 空間 3. 質量のある物質 4. 重力・力学エネルギー 5. 電磁波などの波動・熱力学エネルギーの五種類ですが、今日でも質量のある物質だけで生命のみならず、すべての事象が語られています。そのため携帯電話でペースメーカーや飛行機の計器が狂うことを多くの人が予測できなかったのです。
 前提も、結論も、さらにそのふたつを結ぶ論理も、どこか間違っているように感じる。というか、だから何の本なんだ、これは?
 さて、内臓に心が宿るのなら、移植医療というものは大変困ったことになる。彼は、もちろんこう述べる。
ドナーが色情狂の心肺を移植すると、レシピエントに本当にのりうつるのですから恐ろしいことです。早くこのような馬鹿げた移植医術など止めなければいけません。
 そりゃ恐ろしい。私は臓器提供意思表示カードを所持しているが、これが役に立った日にはもしかすると身体は弱くとも純真無垢で芯の強い若者だったレシピエントが、妄想癖が強くて卑しくて二次元美少女が好きで八方美人を装って気弱な風にしてるくせに本当は自己顕示欲が強くて自分を無能と言いながらも実は能力があるんだと他人に認めてもらいたがるようなしょうもない人間に変わってしまうのかもしれない。かわいそうに。そんなことならこのカードは捨てた方が世間のためだな。
 この、色情狂のドナーという設定を筆者はいたく気に入ったようで、本文中何度もみかける。なぜ色情狂にこだわるのだろうか、というのも疑問ではある。
 で、今度はこんな。
 尿と生殖物質は生命体にとって完璧に等価なのです。つまり精子や卵子の形成と尿の生成は、心臓のときめきや肺のいぶきと密接に関係していたのです。
 私にはこのふたつの文の繋がりがわかりません。ひとつめの文がわかりません。ふたつめの文もわかりません。したがって、何もわかりません。……そもそも、筆者は卵子が精子と同じように日夜作られ続けていると思っているふしがある。困った。
 帝王切開では母体のお産が完結していないので、交接を途中で中断したように欲求不満となり、母体は出産後あくなき性欲の亢進が起こり、家庭の崩壊につながる恐れのあるトラウマを母体に残すこととなります。(中略)子宮を傷つけられた母親は出産後、閉経した後にも性欲のとりこになって、子どもや家庭をかえり見ないで淫行に走ってしまうこともありますから、注意しなければいけません。
 おーい。
 そして、この文章の見開きの隣のページに目をやると、こんなことが書いてある。
 わが国の古事記にも、皇祖皇宗のワカミケヌノノミコトの父親ナギサタケウガヤフキアエズノミコトの母親つまり神武天皇のおばあさんの豊玉姫は八ヒロもあるフカだったとあります。紀元3000年前の話とされていますが、これを一万倍して三億年前に早おくりすれば、デボン紀にまさにネコザメだったのですから、古事記の伝承は大脳辺縁系の内臓脳、つまり腸で感得した事実だったのです。大和民族は我々の祖先がフカであったことを腸の内臓感覚で知っていたのです。これが腸の細胞が持っている生命記憶であり、腹の文化であり、腹切りがわが文化に根づいている背景にあるわが民族の感性、心の豊かさの由縁と思われます。
 もはや、どこにどういう角度で突っ込みを入れればいいのかもわかりません。
今日、ヒトではポルノグラフィーが世界中で制御を失っています。ことにアメリカ大統領のケネディからクリントンに至る性行動の乱れは、キリスト教社会の性行動の規範の完全な喪失を意味しているものと思われます。
 このくだりなんかは、筆者がアメリカという国家にあまり良い印象を持っていないらしいところには、共感できるような気がするけど
男女ともに脚を見ているだけで性的に興奮する人がいます。脚だけを使う球技がサッカーです。ワールドカップでは、世界中の男女が興奮しました。ボールを相手のゴールに足だけで蹴って入れるせめぎあいの人の動きが、もしかしたら陰門と卵子をめざして走る精子に似ているのかもしれません。しかも生殖の補助器の脚を中心にして行う唯一の球技です。それで日本中の男女がサポーターとなって興奮したのでしょうか。
 絶対に違うと思います
 もう、あげるときりがないから止めよう。ともかく、全編この調子なのだ。脈絡のない妄想がそのまましたためられたような風情。こうなってくると、植物にはミトコンドリアの代わりにクロロプラストがあるのだと思いこんでいたり、相対性理論がまるでわかっていなかったり、といった部分に細かい突っ込みなどやっている暇などない。そんな肝っ玉の小さな本ではないのだから。
 ほんとうに、是非、手に入れて読んでみて欲しい。この紹介だけでは、まったくこの本の神髄を伝えられなかったことを理解していただけるだろう。掛け値なしに、おもしろくて興奮する読書体験ができる。
 ヒトがネコザメから進化した証拠として載せられている「ネコザメとヒト胎児の顔の比較」の図なんか、爆笑必至ですぜ。

 ま、一部では有名なトンデモさんらしいんですけどねー。

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